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王羲之の話

王羲之という人物を、ご存知でしょうか

おうぎし、と読みます

また、書聖といわれ、今日初めて知ったんですが、書道を嗜む人は必ず知っている人物のようで、演劇でいうところのシェイクスピアとかソポクレス(こっちが近いか)に当たるのかなという感じです

書道の先生から受けた説明によると、いいところの出身らしく、高官になのですが、辞めて、書道の道に行った芸術家だそうです

で、代表作は、『蘭亭序』という現代にまで残っている有名な書で、これを多くの書道家は臨書して書の勉強をするわけですね

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はいー、こんな字です

しかしこの蘭亭序、王羲之本人が書いたものは、実は遺っていないんです

王羲之が書いたものを、ほかの人が複製するために書き改められたものが後世に残り、これまでただの一枚も、本人直筆のものは見つかっていません

まあ歴史あるあるなんですが、やはり悲しいですね

 

おそらく本人の字は、後世に残っているものほど巧くはなかったであろうと言われています

これは当時まだ書道が確立されておらず、手探りの状態だったからなんですね

ではなぜ、巧くもなかったのに、書聖とまで呼ばれるのか

それは、黎明期であった当時から、芸術性の高い書体を操っていた、しかも美しかったというのが理由みたいです

書を芸術として扱ったという点が、王羲之の評価になっているのだと思います

美しかったからこそ複製されたのでしょうし、当時の中国の王が直筆のものをすべてコレクションして共に土葬されたという逸話(だから遺っていない……)からも、彼の評価が伺えます

写真をよく見ていただくと、「之」という字が2つ出てますが、どちらも同じ書体ではありませんね?

蘭亭序には、「之」という字が20回以上出てくるようなのですが、ひとつとして同じ形のものはないようです

もし、王羲之の書いたものをなるべく正確に複製したのだとしたら、王羲之がどれだけ書への表現に拘っていたかが分かると思います

 

で、今日その蘭亭序をですね、講義の中で書きまして

実際に見ていただけると分かるんですけど、これもう筆の運びがよくわからない文字が多いんですね

そんな中、ぼくは、蘭亭序の中から、「信可楽也」という部分を書きました

先生に提出しているので手元にはありませんが、上に書いたような歴史を知ってから書くと、不思議と気持ちが変わったというか、ちゃんと書かなければという気持ちになり、気合が入りましたね

 

wikipediaに、詳しく載っているので、時間があるときに読んでみようと思います